最初に、小さな色紙を全員に配られました。その色紙には、小さなしかけがありました。さて、しかけはいったいなんでしょう?ということから、お話は始まりました(しかけの正体は、参加した方だけのヒミツだそうです)。
まず、子育てをしていて、子どもと関わっていて、一番うれしかったことは何ですか、思いつくものから、レジュメに書き込んでください、そしてそれを、近くの4、5人でグループになって、発表しあってください、と話があり、各テーブルで、話し合いが始まりました。そこで出たのは、子どもが、歩きはじめた時。何もできないと思っていたのが、寝返りをしたり、動き出したり、一進一退を繰り返しながら、成長していった時。そこから分かったことは、子どもは、決して「何もできない弱い存在」ではなく、動き出したり、歩きだしたりする、力をもった存在なんだ、ということ。それを自分の体験から、知るきっかけになりました。
次に、「赤ちゃん観を変えよう」というお話。昔は、赤ちゃんというのは、なにもできない存在と考えられていたけれど、そうではなく、赤ちゃんも、いろんなメッセージを発していて、お母さんも含めた、まわりの環境に働きかけている、そういう力を持っているんだ、ということが分かってきた。子どもの権利条約の中でも、子どもの意見表明権で、はじめに想定されていたのは、意見を言える子どもたちであって、決して乳幼児ではなかった。しかしいろんな議論の中で、乳幼児も、周りに対してメッセージを発している、それを受け止める、尊重することも、大切なことではないか、という方向に話がすすみ、ようやく2005年に国連子どもの権利委員会の一般的意見第7号において「乳幼児期の子どもの意見及び気持ちの尊重」というように、「意見」と同じくらい大事なものとして「気持ち」という言葉が入れられました。
大切なことは、「参加」ということ。北海道のある小学校は、運動会の企画運営を子どもにすべてまかせてしまった。その中で、子どもにまかせれば、ちゃんと子どもたちは、できるんだ、ということが分かってきた。最初は高学年だけと思っていたけれど、低学年でも、ちゃんとできることはあると分かってきた。そこで大切なのは、大人の側の「手を出さない」という我慢。
赤ちゃんも、ただ泣くだけと思ってしまうけど、よく聞いてみると、泣き方にも違いがある。大切なことは、子どものメッセージをちゃんと聴く、ということ。「聞」く、というのは、ふつうに聞くこと、でも、「聴」というのは、耳と十個の目と心できくこと。そのように聴くと、子どもはいろいろ教えてくれていることが分かる。だから、困った時は、子どもに聴けばいい。
子どもの権利、子どもの意見表明権を大切にするとは、わかりやすく言うと、子ども参加、ということ。それは、すなわち、子どもの気持ちを聴くことです。
ダメな親でもいいんです。ダメ親自慢というのをすることがある。予防接種、最後の一回に行くのを忘れてしまった、とか、子どもの話についつい適当にあいづちをうってしまう、とか。だからといって自分はダメな親だ、と責めたりする必要はありません。というのは、ダメな親だと、逆に子どもがしっかりする、ということもあるのです。つまり、子ども自身を子育てのパートナーとして考え、子どもの成長にあわせて子どもに任せる・返していく機会をつくるという意味ではダメな親も、けっこう悪くないです。
子育てが、「個育て」つまり親がひとりで抱え込んでしまうととても大変。だから、「co育て」、つまり親だけでなく地域のひと、おじいちゃんおばあちゃん、まだ親になっていない若者なんかも巻き込んでみんなで協力して子育てしていく、子どももおとなもパートナーとして、子育てに向き合っていくと、親が抱え込む重さがずいぶん減って軽く・楽しくなるのではないでしょうか。
以上のようなお話でした。
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